カブでヨーロッパ一周編
北の果てでもホームステイ!? [ノルウェー] (2001/08/01-08/06) ・08/01 捨てる神あれば拾う神あり
・08/02 嵐は止まず
・08/03 天気は快方へ
・08/04 北の果てのさらに北
・08/05 サーミの伝説
・08/06 ノールカップ再び通貨単位:NOK(ノルウェークローネ)/1NOK=約13.6円
08/01(後編) 雨 捨てる神あれば拾う神あり Nordvagen/Johansen家居候/0km
最後の分岐から海岸線の道路に入った時、猛烈な勢いで吹いていた風がさらに強くなった。さらに悪いことに、風裏と思っていたが半島自体がなだらかなので風を避けてくれない。崖を切って道路を作っているところは風裏になるが、そんなところはほんの一部。風は西から吹き、北に進むには必然的に横風になる。気合を極限まで高めて自然に立ち向かう。近くの町まで約80kmなのだが、わずか30km程度でその気合も尽きた。
もはや暴風と呼ぶべき横風の前には、カブのパワーとオレの気合も無力だった。大自然の力からすれば、まさに赤子の手をひねるようなもの。ゆるい右カーブのところだが、振り分けバッグが地面に擦れるまで車体を左に傾け風に対抗。しかし、あっけなくもそのまま道路から押し出され、カブ共々斜面を滑り落ちた・・・
滑り落ちた距離は数メートル。1速全開で10km/hも出ない状況下、失速しながら滑り落ちだので幸い怪我はない。一瞥して分かったのは、振り分けバッグの紐が切れた(これでは振り分けできないただのバッグ)ことだけ。修羅さながらの状況下で、立つことなんてもちろん出来ない。四つんばいになって道路まで上がり、車が通りかかるのを待つ。通りかかった車に助けを求める他に手段は無い。タバコを吸う余裕も無いまま5分程待つと、大きなトラックが通りかかった。「地獄に仏」という言葉が頭に浮かんだ。運転手が英語を話せたので事情を話し、とりあえずカブはここに置いたままにしておいて、荷物とオレをトラックに載せて次の町まで乗せていってもらうよう頼んだ。狭い道路だったので、とりあえず200m程離れた駐車できるスペースまでトラックは移動する。そこへもう1台ワンボックスカーが通りかかった。彼らもオレのそばで止まってくれ、娘さんが英語を話せたので事情を話す。すると「ちょっとここで待っていてね」といいトラックの元まで行き、何やら話しをしている。
で、結局次のようにすることになった。まず荷物を解き、全部の荷物をワンボックスに載せる。それから斜面で倒れているカブを引き上げ、トラックに載せて次のガソリンスタンドまで運んでもらう。それから荷物とオレをどこかのホテルへ連れて行ってもらう。
荒れ狂う暴風の中、手順どうりに荷物を解きワンボックスへ積み込む。3人がかりで斜面からカブを引き上げ、トラックまで押して行く。ワンボックスが並走し風を避けてくれたので、難なくトラックの場所まで持っていき、車内に積み込むことが出来た。
こんな事態になったわけだが、それでもオレには「幸運の女神」がついていてくれたようだ。
どうしてかと言えば、まず滑り落ちたところがなだらかな斜面だったということ。最初に止まってくれたトラックが郵便物を運ぶ大型トラックで、十分に空きスペースがあったこと。さらに次に止まってくれたワンボックス共々、ノールカップ観光の拠点の町「Honningsvag」へ行く車だったこと。またどちらにも英語が通じたこと。それ以上に彼ら全員が親切だったということ。
ワンボックスに乗り込み暴風の中を走る。さすがに四輪の安定度はバイクの比ではない。風に流されるものの全く危険は感じない。車からは無数のトナカイの群れが見える。大きな角を持ったものや、子連れのものまで。何十匹見たか分からない。また彼らが言うには、今嵐が来ている最中らしい。それを知っていればこんな中を走らなかったのだが・・・いかに情報が大事かということを思い知った。明後日には天気も回復するらしいので、それ以降に「ノールカップ」へ行くことにしよう。
さらに親切なことに、オレが「できるだけ安いホテルに行きたい」と言ったら、「じゃあオレの家に来るといい。値段はタダだ」という返事が返ってきた。ちなみに彼の仕事は漁師。北の果てでは漁師の家に居候。ホント、捨てる神あれば拾う神ありだね。
ガソリンスタンドは「Honningsvag」の外れにある大きな「shell」。整備工場も併設されていて、そこで嵐が止むまで預かってもらえることになった。とりあえずカブをチェックしたが、前カゴがひん曲ったことと、左足を乗せるバーが曲ったことだけで、エンジンやミッションなどの重要な部分は問題無し。まぁ、転倒ごときで壊れるようでは「カブ」とは呼べまい。
スタンドの兄ちゃんと郵便トラックの運ちゃんに礼を言い、ワンボックスは彼の家へ移動。「Honningsvag」の隣町(わずか数km離れているだけ)の「Nordvagen」という町で、彼の漁船が家のそばの港に停泊している。写真は後日撮影。
ようやく落ち着きを取り戻し、ふと窓の外から漁港を眺めると、なんとそこにもトナカイが居た。オレが驚くと、彼らは「トナカイはほとんど毎日見るよ」と笑っていた。そんな彼らに、オレが今までの旅で撮った写真をスライドショーで見せたり、色々と話をしていると、疲れきっているにも関わらず寝たのは深夜2時過ぎ。といっても外は明るいので感覚が狂う。
何はともあれ助かった。これからはこんな無茶はしないように気をつけよう。でもまさか嵐が来ている最中だったとはね・・・紐が切れた振り分けバッグに関しては荷台の上に載せてロープで縛りつけて対処し、ストックホルムに着いたら新しいものを購入すればいいだろう。何よりも、親切な彼らに感謝しないといけないな。
かくしてオレのホームステイ生活は始まった・・・
08/02 雨 嵐は止まず Nordvagen/Johansen家居候/6.9km
「疲れているだろうから昼まで寝てなさい」ということで、起きたら12時。外は相変らずの状況。雨、風ともに強い。というわけなので、今日は1日家の中でのんびりと休養。
夕方(といっても10時半頃)、友人が「Honningsvag」へ行く用事があるというので、そのついでに乗せて行ってもらいガソリンスタンドまでカブを取りに行くことになった。幸い雨も少なく風も弱まっている。スタンドの兄ちゃんに預かってもらっていた礼を言うと、こんなところまでこんなバイクで来た日本人は珍しいということで写真を撮られた(笑) また親切なことにわざわざガレージの中に入れてくれていた。
もちろんカブの調子は快調。歪んだ前カゴも手でひん曲げて元通り。
明日から天気は良くなるらしいので、天気が回復したら「ノールカップ」を目指すことにしよう。ここからだと距離は約35kmなので近い。早く天気が良くなってくれればいいのだが。
08/03 曇り|晴れ 天気は快方へ Nordvagen/Johansen家居候/0km
時折晴れ間が差す程に天気は回復した。今日は「トロムソ」在住のお父さんの兄弟と、そこへ行っていたお母さんと子供達が帰って来るとのことで、家でお出迎え。突然拾われて来た日本人にみんな親しく接してくれるので幸せだ。
夕方、天気もいいので近くに釣りへ行こうということになりお出かけ。またしてもルアー釣りで、オレの実力を見せ付けてしまった(笑) というのも、ここは日本とは違い魚も多い。なかなか釣れない「日本」というフィールドで鍛えたオレにとっては、まさにパラダイスなのだ。短時間に先日の「バカリャウ」の一種(ノルウェーでは「トスク」と呼ばれる鱈の一種)2匹とアジに似たようなのを1匹釣り上げてしまった。今日は食べずにリリース(逃がしてやること)。
08/04 曇り/晴れ 北の果てのさらに北 Nordvagen/Johansen家居候/74.7km
起床はなんと4時半。というのも、天気もよくお父さんが漁に出るというので連れて行ってもらうことになった。漁船に乗り込み5時には出港。漁場まで約3時間。乗組員はお父さん(Ingeさん:左写真の左)と彼の兄弟(Sveinさん:左写真の右)とさらに2人(右写真)とオレ。結構大きな船で操縦室には各種機器があり、GPSや無線ももちろんある。
港を出た船はどんどん北へ進んでいく。憧れの地「ノールカップ」よりもはるか北まで船は進む。実はカブで「ノールカップ」へ到達したら、この旅で到達した最高緯度として、ちょっとかっこよく書いてやろうと思っていたのだが、あっさりとその先まで到達してしまった(^_^;;
左写真が船から見た「ノールカップ」。約300mの断崖で、その昔は航海の目印になっていたそうだ。
航海は約12時間。漁自体は大漁で、1m四方、高さ1.5m程のコンテナに約4杯もの魚の山。オレは何の役にも立たなかったが楽しい経験をした。
この北の果てまで来た日本人は無数に居るだろうが、嵐の中漁師に拾われて、漁にまでついて行った日本人はオレが最初で最後だろう(笑)
家に戻ってきた後は、今日獲った魚を料理。オレが刺身の話をしていたら、ご飯まで炊いていてくれた。早速新鮮な魚を刺身にする。寿司酢が無いのでおにぎりを作り、手持ちの醤油と美味い刺身を満喫。お父さんは流石に海の男という食いっぷりで、今まで食べたことも無い生魚のスライスを美味い美味いと連呼しながらパクパク食べていた。
そんな夕食の後は憧れの「ノールカップ」へ。天気は曇天雨まじりで、決していいとは言えないが、風はそれ程強くない。というより、この前が強すぎただけなんだけどね。
「ノールカップ」へ向かう途中、お日様はオレを待っていてくれたかのように雲間から顔を覗かせ「真夜中の太陽」も拝ませてくれた。
この辺りは「ツンドラ」と呼ばれる永久凍土層に覆われた土地で、見渡す限り岩と地衣類が広がっている。この厳しい環境下で見ることが出来るのは、ここに生きることが許された者のみ。トナカイもその一人で、今日も無数のトナカイを目撃した。彼らはこの不毛の大地で懸命に生きているのだ。また、この「ツンドラ」の生態系は極度に敏感で回復力に乏しい。一度ついた車輪の跡が何年も残る程。それ故に、ここに生きることが許された一人である人間には、この素晴らしい自然を守りつづけていく義務があると思う。
そんな寂しい風景の中をカブで走っていると、オレ自信も今自分が生きているということを実感した。そんな思いの中「ノールカップ」へ到達、と言いたいところだったが、なんと料金所が・・・入場料として175NOK(約2,400円)も払わされた。幾らなんでも高すぎるぞ!と文句を言いたいのはやまやまだったが、決められた料金を値切れるはずも無いので「オレの金でこの自然が守れるなら安いものだ」と自分を無理に納得させる。ここまで来て「ノールカップ」まで行かないわけにはいかないからね(^_^;;
駐車場にカブを止め、小雨の降る中、地球儀のオブジェ前で記念撮影。これより先は水平線しか見えない。オスロで見た「フラム号」を含め多くの探検家達が、この先について知りたがっていたというもの納得できる・・・
ここは大地の果て
これより先は未知の世界
氷に閉ざされた冬の世界
太陽が沈まぬ そして昇らぬ
人の生きることが許されていないところ
ここ「ノールカップ」には大きな建物があり、その中には喫茶店、バー、映像ホール、教会、郵便局、土産物屋やさらにタイ(Thailand)博物館といったものが収容されている。しかし、暖かな施設の中から海を眺めているだけでは「地の果て」へ来たとは言えまい。冷たい風と雨に打たれて自然と向き合い、ツンドラの大地に立ってはじめて「地の果て」へ来たと言えるのではないだろうか・・・オレはこの日「地の果て」に立った。
08/05 雨 サーミの伝説 Nordvagen/Johansen家居候/0km
昨日の疲れもあり昼まで寝ていた。外を眺めると今日も雨。海には無数の波紋が見て取れる。外は寒いが、暖かい家の中でのんびり過すというのも悪くない。
ホームページ作りに精を出していると、Sveinさんが一冊の本をくれた。「ノルウェー/写真で見るベスト・オブ・ノルウェー」という日本語版の本で、わざわざ買ってきてくれた。観光地には必ずと言って良い程置いてある本で、オレも今まで何度も立ち読みした。綺麗な写真がいっぱいでなかなかいい本だよ。
夕方、Sveinさんが「Honningsvag」へ連れて行ってくれた。「ノールカップ」の拠点になっている町だが、人口わずか3000人程度。観光客目当ての土産物屋が何軒かあるが、特に興味を惹くものもない。喫茶店でコーヒーを飲んだ後、この近くにいい雰囲気の漁村があるというのでそこへ移動。
その途中、またまたトナカイに遭遇。しかし今回は今までと違い、真っ白なトナカイ。恐らくアルビノ(その種のもつ正常な色素が欠落している動植物のことで、皮膚の色をつくりだす「メラニン色素」の生成に必要な酵素「チロシナーゼ」を持たないが故に色が白い)だろう。道路のすぐそばでツンドラの草を食み、威厳ある大きな角を揺らしている。人を警戒する様子もない。カメラを向けても全く動じず、ただひたすらに草を食み続けている・・・
Sveinさんが言うところによると、トナカイを主なタンパク源としているサーミ人(ラップランドと呼ばれる、スカンジナビア北部とロシア北西部の極北地域に住む先住少数民族)の間には、この真っ白なトナカイを1匹殺し、2匹殺し、そして3匹目を殺してしまう時、自分も死んでしまうという伝説があるそうだ。また他に、白いトナカイをみたら幸運が訪れるという話もあるんだって。この辺りはトナカイが本当にウヨウヨいるが、完全に真っ白のものは珍しいらしい。
08/06 曇り/晴れ ノールカップ再び Nordvagen/Johansen家居候/74.7km
天気もまずまずで、何よりいいのは風がほとんど無いこと。
この辺りの家々のテレビは基本的に衛星放送のみ。まぁ辺境の地と言っても言い過ぎでは無いところなので当たり前なんだけど、ちょっと面白いものを見つけた。右写真はオレが居候しているJohansen家なんだけど、黄色の丸で囲んだ「パラボラアンテナ」に注目して欲しい。水平より下を向いているのが判るだろうか?高緯度になるとこんなことになるようだ。一体何処から電波を拾うのかが気になるところだが、うまく機能している。
天気も良く暖かいので、夕方から4人(Ingeさんの息子2人とSveinさんとオレ)でマス釣りに出かけた。場所はノールカップの近くに無数にある池。地図を見て作戦を練り、幾つか探ったんだけど残念ながらノーフィッシュ。まぁこんなこともある。
でも、池の近くで典型的なツンドラの風景を撮影できたので満足。左写真に小さなデコボコが多いのは「永久凍土層」による影響。夏に表面の層は融けるが、地中深くは凍ったまま。さらに起伏が少ないという地形的な理由も手伝い水はけが悪い。その為、融けだした水が不規則に流れ、このような小さなデコボコが出来るのだ。帰宅後、175NOKは惜しいが、せっかくここまで来ているだからもう一度「ノールカップ」へ行くことにした。ほとんど無風、雲は多いがその雲もまた美しい。こんな風景がすぐ近くで見られるのに、家でじっとしているのはもったいないだろう?
またノールカップでカブのエアクリーナー清掃(ほとんど汚れていなかった)と点火プラグを交換。最北端で整備というのもなかなかオツかもしれない(笑)
ちなみにノールカップでは、今の時期でも太陽が沈み込んでしまわない。後数日後には太陽が水平線に隠れるようになり、長い長い冬が始まるのだ・・・もちろん今日もトナカイは嫌という程に見た。何度も「ウヨウヨ」いると書いたが、どの程度かと言えば左写真の通り。こんな写真を撮るのは至ってイージーで、ほとんど毎日トナカイの群れに出くわす。ここへ来た当初は驚きいっぱいで嬉しかったが、今ではそれ程でも無くなってしまった(^_^;;
深夜1時頃、家に帰ってきた後はSveinさんと盛り上がり結局寝たのは3時過ぎ。夜が明るいと昼と夜が逆転した生活でも全く問題は無いが、大きな問題だ(笑)